心情発露にうってつけの日

パンドラの箱のような、そんな世界に生きていたという気づき

映画ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師 を観た。

数ヶ月前、こんな記事を書いた。

 

lazysong.hatenadiary.com

 

メインブログに当初投稿したが、あまりにも他記事と毛色が違いすぎるのでこちらのブログへ移動させた。読んでくださった方々、スターをつけてくださった方々ありがとうございます。読まれているかわかりませんが(過疎過疎ブログだもんで)、ここでお礼を述べさせていただきます。

 

 

さて、私は一度この映画を観る前にEテレで放送されていた特集を視聴した。このとき初めて鉱物紛争なるものを知った。

そこからインターネットで自分なりにコンゴ民主共和国(以下DRC)について調べまくった。ルワンダ虐殺から始まった最悪の国のカタチ。歴史上の接点という意味では我々日本人は関係ないと言えるかもしれないけど、スマホやパソコンの恩恵に肖っている時点でもう無関係・無関心とはいかなくなった。どうすればこの悪夢のような状況を打破できるか、私なりに考えをまとめた上でこの映画を視聴した。

 

 

知った上で観ていても被害者の方や元加害者の方のインタビューで涙が出てきてしまった。本当に非道いのだ。それでも淡々と当時の状況を話せるほどには回復*1できているのを見ると、不思議ながら人間の底力のようなものも感じた。

DRCの街の様子を見て意外だったことがある。紛争自体は一応終結したとなっているからか、街の光景は賑わいがあるように感じた。沢山の家が立ち並び、人々の往来も活発だ。ほどよく木々も生い茂っていて、景観は非常に良い。

ここが本当に「女性にとって世界最悪の場所」なのか?と思うほど。いや、逆にそれだけ性暴力を主流とした抗争になっているということだろう。

「豊かな土地にも関わらず、人々は貧困に喘いでいる」という趣旨のセリフが印象的だった。そして豊かゆえに「窓もドアも鍵もない宝石店」となってしまっているのだ。

しかも司法制度の明らかな欠陥。そうなると人間はここまで倫理感を欠落させることができる。人間の悪意は底知らずだと思った。

 

もう少し斬り込んで欲しかった点もある。辛口なコメントになっているかもしれないが何点か挙げていく。

問題の紛争鉱物について「世界の企業は実際どれほど真摯に取り組んでいるのか」

書面上こういうプロセスで取引しましょうという決まり事はあるがその実態は?

それを達成できていると主張する企業側とDRCの現実問題は大きすぎる乖離があるのだ。A◯pleやテ◯ラとまではいかないが日本国内でJEITAなんかに取材はできなかったのだろうか。日本の一大産業といえば車だが、当然これにも紛争鉱物が使われている可能性は十分にある。有名メーカーでも「サプライヤーに対しこうした取り組みをしている」とホームページ上で確認できないところもある(上手く調べられていないだけだったら申し訳ないが)

努力義務というのもあるが、業界内でこの問題はどこまで浸透しているのか。

TBSが日和ったのかは分からないが、多少触れて欲しかった。むしろここに時間を割いても良かっただろう。

 

次にBLM運動が盛んな欧米で現在のコンゴの情勢ついてどれほど認知度があり、取り組みをしているのか。この運動の一環でかつてDRCを私的支配していたレオポルド2世の像が破壊されている。日本に比べれば、欧米諸国のほうが自分事として捉えている人が多そうだがどうなのだろう。

ただ、少し前にSNSで流れてきた欧州議会の様子だと女性が(一部だけ切り取られた動画だったのでどういった方かはわからなかった)「あまりにもDRC東部の状況について関心が薄すぎる!」と声を荒らげていた。

やはり向こうも日本と対して関心度は変わらないのだろうか。

欧州まで飛び、もう少し取材範囲を広げてもよかったのではないだろうか。

 

 

次。これが聞いてて「????」となったのだが、性加害者にならざるを得なかった人に対し「女性をレイプするときお母さんやお姉さんの顔は浮かびましたか?」「あなたは被害女性に会ったらなんと言いたいですか?」といった不必要に傷口に塩を塗るような質問。少し前に某アイドルも元日本兵だった方に似たような質問をしていたが、そういったことを聞かなければならないルールでもあるのだろうか。

その質問の意図がなんなのか私は分からなかった。

「事情はわかるが性暴力を働いたのだからお前は加害者だ、悪人だ。そこ理解できてる?」というような感じに聞こえたが・・・・・・。

違ってたらすみません。

彼は加害者だが被害者である。武装勢力に逆らえば家族もろとも皆◯しなのだ。

実際「性暴力を行う際には麻薬を使用する」「武装勢力の頭が死んだのでこの混乱に乗じて逃げた」と言っていた。この事実だけで彼の心中は十分に察することができる。

そういった質問は武装勢力の幹部クラスにでも聞いたほうがいい。きっと彼らにはそういった行為を正当化できるだけの大仰な志があるのだろうから。

 

ムクウェゲ医師の暗殺未遂についてのエピソードでは

国外へ一時避難していたムクウェゲ医師に対し女性達が「国も国連も守ってくれないなら私達が守る。だから帰ってきて」と微々たる給料にも関わらずDRCまでの運賃を医師へ渡したという。

ここのシーン、美談ように捉えてしまいがちだが、問題なのは「国も国連も」の部分。ここに「私達が入ってしまってる」と感じたのは私だけだろうか。

日本は国連に加盟している。国連総会や理事会で日本の顔となっているのは外務大臣だ。その大臣は国会議員から選出される。その議員を選ぶのは私達だ。

自分の持つ選挙権の重み。これを一人ひとりが感じることができたら。たかが一票されど一票。

もちろんこのことだけで投票先を決めるべきではなく、あくまでもひとつのファクターとしてあってもいいんじゃないか?ということ。

残念ながら、いろいろ考えた末がこの結論である。実質無力といってもいいかもしれない。病院にも2回ほど寄付をしたけど、どうしても自分の無力感やそれに対しての懺悔の気持ちは拭えない。

 

一刻も早くDRC内に平穏が訪れるように、同じ女性として今後も関心を寄せていこうと思う。

 

*1:映画内では修復と言っていた。ギリギリ活力を保っているのかもしれない

ジャニーズの件から見えてくる摩訶不思議JAPAN

BBCによる「ジャニー氏の未成年に対する性行為暴露」は日本国内を動揺させたと思う。

 

そのあとの岡本カウアン氏の告発もジャニー氏=性加害者としての印象を更に強め、事務所側も遂に長年の沈黙を破った。*1

 

www.nikkei.com

 

 

これまでジャニーさんが「そういった性癖のある人」という認識は、少なくとも一度はジャニオタになったことのある人間ならばあっただろう。

まさかここまで非道いとは思わなかったが・・・。

 

一般人である私達ですらその認識だったのだから、ジャニーズ事務所内ひいてはメディア業界では殊更周知の事実だったに違いない。

 

これを業界側がスルーし続けてきたのはなぜなのか。

はたまた少年たちもそういった環境であるにも関わらず逃げ出そうとも思わなかったのはなぜなのか。

 

BBCの取材はその点において非常に興味深いものだった。

 

私が見たのはyoutube上にアップされている短い動画のみだが、それだけでも欧米の感覚と日本の感覚の差異を感じ取るには十分だ。

思うになぜ「被害」が拡大・継続してきたかに関しては、世界的には当たり前じゃなかったことが日本では当たり前だったという一点につきる。それが良いのか悪いのかは一旦置いておこう。

 

 

この「当たり前(イデオロギー)」というのが、矛盾に対しての抵抗感のなさ――その根っこに愛国主義があるんじゃないかと私は思っている。

もちろんこれは無意識的な話で、実際にこんなことを街なんかで話したら笑われそうだ。愛国ってwwwてね。

 

動画内ではこの一連の被害の原因が「恥の文化」ではないかと語る場面がある。

これは確かに日本人特有だ。

似たような言葉として「同調圧力・事なかれ主義・長いものには巻かれろ、出る杭は打たれる」などわんさか出てくる。尚、これらはあまり良い意味では使われない。

 

この国の不思議なところは、民主的であるかのような外面で実際は君主制のような体制が敷かれているところなのではないだろうか。

一番わかり易いのが政治の世界。半分以上が自民党なのだから、これのどこが民主的なのか、考えてみればそもそもおかしい。さらに言えば立憲民主党も疑似自民のようなものだから野党としてカウントしていいかも怪しい。

こうなると論争するだけ無意味。国会にも緊張感がなくなり、自民党ありきの政策が進むこととなる。

もっと身近な例を挙げてみる。

結婚式は教会で挙げる一方で、葬式はお寺だ。食事風景だって日本食だけでなく、イタリアン、フレンチ、中華・・・などバラエティに富む。

 

「日本人たるものこうだろう」というイデオロギーがなんなのか改めて考えさせられる。

要するに日本人って信念とか信条のようなものが意外と弱いんじゃないだろうか。「善悪の区別」が曖昧にもなりがちなのかもしれない。ただこれがこの国の短所だとも思わない。

 

 

ただ、この矛盾を成立させるために一役買っているのが「愛国主義」でこれが少し厄介の種なんじゃないかと私は思う。遡れば明治維新になるが、天皇が絶対であるという教育を徹底的に施したその名残が今もあるのではないだろうか。

 

これもよく言われることだが、日本社会は横より縦の関係のほうが強い印象にある。欧米諸国ならばフラットにいけるところ、日本だとひんしゅくを買うこともある。

すなわち目上の者が白といえば黒でも白になるのだ。

 

今回のジャニーズの件に関して一番興味深かったのが、絶対的存在であるジャニー氏に逆らえず泣き寝入りをしていたジュニアの構図――無理やりそういった行為をしていた訳ではなかったという点だ。

被害を受けた筈の側が、むしろその行為を肯定的に受け止めていたところにある。BBCでもそこに言及していた。

 

 

 

それが「グルーミング」と呼ばれていた行為。

グルーミングとは、搾取される側がその相手とまるで特別な関係にあるかのように思ってしまう環境を搾取する側が作り出すこと――BBC NEWS JAPANより引用

 

となるならば、愛国主義を更に解体するとそこから見えてくるのは「自己責任・自己犠牲」という言葉。

「他人のせいにしない」というのは我々日本人なら刷り込みを受けてきているであろうこの文句。

「私が好きでこうしている」「こうなったのは私のせいだから」「あの人は悪くない」

こうして自己犠牲の精神を尊ぶ。それで正しいかのように社会も回る。

トップが「させられている」を「している」に変換させてしまうほどのカリスマ性がないとまず成立しないが、うまくハマるとまさに一種の帝国が生み出される。

 

 

 

すなわち今回の騒動で言うならば、ジャニー氏とジュニアたちは雇用主と労働者というよりも「君主と臣下」のような関係なのではないか。

そしてこれはジャニーズ事務所に限った話でもないだろう。性被害とは別の形で悪しき文化が横行していてもおかしくない*2

 

ではその幼気な少年を守るべきだったのは誰か。紛れもない周りの大人達だったはずである。

キング・オブ・ポップと言われたマイケルジャクソンの子どもに対する性虐待疑惑に対しては、世界中で大スキャンダルになった。

今まさに同様のことが起きているが、日本のメディアが十分にこのことを報じているかというと疑問が残る。報道の自由とはいずこに?こんなときのマスメディアじゃないの?

結局彼らも例外なく「長いものに巻かれている」のである。

公平公正などどこ吹く風。

 

 

 

 

日本という国は民主主義の皮をかぶっているだけであり、蓋を開けてみると絶対的君主の側面が強い。

正直国民に主権があることを実感するほうが少ない。皆お上から言われることを「へぇへえ」と聞くばかり。

当然だが、私自身もそういう気質がある。それを今回の件で痛感させられた。

 

 

日本以外もそんなもんだと思っていたが、BBCの取材者の表情と取材内容を鑑みるにだいぶこの状態は奇異的らしい。

 

この騒動は日本という国をグローバルに見るいい機会だ。

「良いか悪いか」「責任の所在」などではなく*3、当たり前の日本という話にまで広がると更に本質が見えてきそうな気がする。

 

少なくとも確実に変わるであろうことは、これまで定番化してきた男の子に対しての「あらぁ、将来はジャニーズ?」なんて発言は戦慄を生むんだろうな。

 

BBC、故ジャニー喜多川氏の加害について取材 言葉を詰まらせる元ジュニア - YouTube

グルーミングとは……性的被害専門のセラピストに聞く ジャニーズ事務所取材のBBC記者 - YouTube

 

*1:正確には揉み消せなくなった

*2:少し前で言えば、舞妓さんの告発や情報番組で芸人がペンギンの池に落ちたのも同様かなというのが個人的見解

*3:加害者側は亡くなってますしね

スーダンへの自衛隊派遣

 

news.yahoo.co.jp

 

自衛隊をどのような役割とするか。

 

危険地帯に赴けない軍隊ってなんなんだろう(正確には軍隊ではないけど)

 

 

国際社会的に見れば活動権限が弱小すぎるのは否めませんが、だからといって短絡的に9条改正に走るのも違う気がするんです。

だって目指すべきは武器を置くことだと私は思っていますので。

 

とはいえ今回の件は自衛隊なのに自国民を守れていないという矛盾を生じさせていますね・・・。

 

 

とにかくこれは政治家の皆さんには話し合いに話し合いを重ねてほしい。

メディアにもWCやWBCばりにテレビでも取り上げてほしい。

それが民主主義ってもんでしょ、などと言ってみる。

 

議論を重ね尽くした先が9条改正でも、そうじゃないにしても国民は――少なくとも私は納得できるかな。

 

 

私もまだまだ学ばなければならないな。

 

少子化対策やる気なくない?

バラマキばらまき散播・・・

 

ほんとに身のあることしないのなんなんでしょう。

 

本日よりこども庁が発足。正直なにこれ。何がしたいのかわからない。

幼保一元化せんかったらなんの意味もない省庁じゃない?

しかも予算5兆って舐めてんのか。

 

せめてあと三倍は出してよ。

 

それが無理なら作る意味ない。

 

私は政治は全然知らないことのほうが多い。だからこそより自分ごとに近いものは頑張って相手方(政治家側)の意図を考える。

 

最近では大阪都構想がそうだった。市民ではなかったけど、都構想が可決されれば市内外にも波及する可能性は十二分にあるから。

維新の会の意図は今回のそれに比べると何がしたいのかが明確だったと思う。彼らの未来ビジョンは地方分権でしたね。

なるほどな、と。それで可決でも否決でも民意なので納得できる。

 

で、私は1児の母なのでこども庁がどういう働きをするのかは当然刮目すべき事柄でした。

 

先んじて実施している欧州や北欧の状況を調べてもらえばわかるように、幼保一元化となればそこに予算を集中させることができるし、より円滑に子どもたちは学習段階が移行でき、親としても金銭的にも時間的にもコストがかからなくなる。

いわばこれをせずして存在意義なしと言い切りたいぐらい。

 

いじめ問題、貧困問題、虐待などはそれぞれ既に所管がありますよね。

そして問題点も明確。そしてそれは指揮系統を作ったからどうにかなるもんでもない。

 

もう、とにかくやっつけ仕事がひどすぎて、ワタクシお酒飲みながら腸が煮えております(クソデカため息)

 

でもなんかしらメリットもあるんでしょうか。もうなんだかわからない自分も居たりします。

 

ただの愚痴失礼しました。

武器を置く

安倍政権時、「憲法9条」を改憲する気運が高まっていたように思います。

かくいう私自身も改憲賛成派でした。

なぜなら隣国は北朝鮮・中国・ロシアと核兵器を持っていたり、軍事力が上り調子の国々だらけだから。いずれ9条なんて関係なしに侵略に来るかも、アメリカだって本当に傘となって日本を守ってくれるのか甚だ疑問だし、と。

 

アフリカでの悲惨過ぎる紛争に、ようやく井の中から出て世界が今どんな状況なのか自分なりに情報収集をするようになりました。

 

どうすれば「争い」ってなくなるんだろう。

弱い女性や子どもが被害を受けずに済むんだろう。

 

もう少し厳密に言うと「争い」自体はなくならないと思います。

 

ただ、国際法に則ったぶつかり合いは、理想的な大義

何かで読んだことがあるのですが、日本でも戦国時代のあたりでは合戦の場から少し離れたところで、農民たちはお弁当を食べながら観戦していたこともあったとか。

すなわち戦う人・そうでない人が分けられるのが理想だよなというのは常々思っていて。

 

戦わない人を守るためにも、これから先進国と対等な軍事力を持つ。これからの平和への道はこれなんじゃないか。そう思っていました。

これは世界を知った気になったつもりで、まだまだ国内情勢にしか目を向けられていなかったが故ですね。

 

アフガンで医師として活動しておられた中村哲さんの発言を拝読してハッとさせられました。

 

「向こうに行って、9条がバックボーンとして僕らの活動を支えていてくれる、これが我々を守ってきてくれたんだな、という実感がありますよ。体で感じた想いですよ。武器など絶対に使用しないで、平和を具現化する。それが具体的な形として存在しているのが日本という国の平和憲法、9条ですよ。それを、現地の人たちも分かってくれているんです。だから、政府側も反政府側も、タリバンだって我々には手を出さない。むしろ、守ってくれているんです。9条があるから、海外ではこれまで絶対に銃を撃たなかった日本。それが、ほんとうの日本の強味なんですよ。」

wikiより引用)

 

このまま自衛隊の活動範囲を広げることや軍備増強に走るのは実はとんでもない間違いだったんじゃないか。

 

争いを止めるのは、お互いが武器をもった状況にするのではなく、置いた状態を作ること。

武器を置いている状態が普通の人間に、わざわざ攻撃することはない。

むしろ私達の役目はこの憲法9条を波及させていくことなのかもしれません。

 

人の悪意は想像以上に深いものです。日本ではありえないことが他国では当たり前にまかり通っている。

この現実に気付かされました。

 

これからも勉強を続けていきます。

 

 

では、ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

このブログについて

はじめまして

 

 

別ブログにて、趣味ごとを中心とした内容で書かせてもらっておりましたが、

趣味とは全然関係ない――世の中のあれやこれやに対して考えさせられたり、また物申したいことがボロボロ出てきていいる次第でありまして、サブブログを作るか・・・と思った次第です。

流石に何でもかんでも書いてたら、メインに来た人が混乱するよな、と。

 

 

世の中のー―とは言いつつ、そんな大層なことを書くつもりはありません。

というか、現状としてはカテゴリわけをしたかっただけのブログなので、そんなに動きはないかも・・・。

 

ゆくゆくは一介の主婦が社会に対し、タラタラと愚痴を垂れ流すだけのブログにしていくかもしれないし、しないかもしれません。

 

 

ご興味あれば読んでいただけると嬉しいです。

 

紛争鉱物

これを記事にするか少し迷いましたが、興味のある方は読んで下さい。

性暴力についてショッキングな内容も含まれますので、苦手な方はこのままブラウザバックしてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

恥ずかしい話ですが、「紛争鉱物」という単語をなんとなく聞いたことがあるような…レアメタルとかそうだっけ…?という自分の中ではその程度の認知度でした。

 

コンゴ民主共和国(以下DRC)を拠点に活動されているムクウェゲ医師。

たまたま観たテレビ特集で彼が語っていたのは、現在のDRC東部での悲惨な紛争状態についてでした。

 

DRCの東部では、いくつもの武装勢力による民間人の殺害及び略奪・強姦が蔓延っていて、特に酷いのが女性への性暴力被害(尚、男性も女性に比べると数は少ないですが、被害あり)と言われています。

 

 

 

ここでの性暴力はいわゆる本能的なものではなく、組織的な攻撃手段として行われるものです。要するに見せしめとして暴行され、相手側の戦意を喪失させるのが狙いです。被害者の年齢は一番下は生後6ヶ月~上は80歳まで。

ムクウェゲ医師は膣の裂傷具合で、どこの武装勢力によるものかわかるそうです。

 

 

 

 

 

ではなぜここまで過激な武力闘争に発展しているのか。

 

理由はタイトルにもあるように「鉱物」

 

DRC東部ではわたしたちの生活に欠かすことのできない、スマホ・家電・自動車などの部品に使われる鉱物(3TG)が豊富にとれるため、その利権を巡って紛争が起きています。

 

つまり、われわれがこういった電化製品などを購入することでそれが武装勢力の資金源になってしまっている可能性があるということです。

 

罪悪感を植え付けるようなことを書いているかもしれませんが、これが今現在の事実です。

 

ここで疑問に思われるのが、では国連や日本を含めた諸外国はずっとこの状態を放置してるの?ということですが、

そんなことはありません。

 

 

まず、DRCはベルギー独立後から紛争が絶えなかったので、国連はMONUC(現在MONUSKO)という和平のためのプロジェクトを通して、平和維持のための軍も投入し、RDCに積極的に関与してきました。2019年時点では暴動もなく、一応は平和的に選挙が終わっています。

 

続いてアメリカやEUでは紛争鉱物に対し法律が整備され、3TGに関しては原産地の調査が規定されました。

そして原産地が武装勢力と繋がっている場合には改善を求めたり、場合によっては供給を断ちます。

経済協力開発機構では紛争鉱物に関与しないためのガイドラインも存在します。

 

日本では残念ながら鉱物取引に関しての規定はありません。

ぶっちゃけこの問題は欧米の植民地支配が撒いた種ゲフゲフ

が、欧米向けの商品の場合、前述の規定が日本企業にも及ぶことから、実質調査をしている会社は多いと思います。

また、JEITAという電子機器協会が鉱物取引に関して検討会を実施したりと、紛争鉱物に対する取り組みは広まってきています。

 

一応この甲斐あって、RDC内の鉱山から8割の武装勢力が手を引いたと言われています。

そしてダメ押し(?)でRDC大統領が東部の3TG鉱山からの輸出を禁じました。それによって武装勢力のみならず、一般の鉱山関係者の首をも締めることになってしまった訳ですが。そうして資金源に困った彼らは、民間人に対し略奪・暴行をするに至った、とシナリオ上はこうなっています。

 

ここですごく疑問だったのが、どうしてRDC政府が武装勢力を野放しにしているのか。

なんなら国軍ですら民間人の暴行を働いているということもあるぐらいです。

 

禁輸によって武装勢力が一旦貨幣を手に入れる手段がなくなったということは、そこが武力抗争を終わらせる最大のチャンスだったはずなんですよ。

なぜむしろ悪化してしまったのでしょうか。

 

 

 

鉱物紛争自体は今回が初めてではなく、ダイヤモンド紛争というのがシエラレオネで行われていました。

このときもダイヤモンドが武装勢力の資金源となっていたことが問題なっていたのです。

(またまた恥ずかしい話ですが、このことも私は今回の件で初めて知りました)

 

対応も今回と同じように経済制裁を課すことで、武装勢力側は資金源がなくなり、国内情勢は安定しました。

今は観光も問題ないぐらいには、治安状況は良好といえます。

 

では、話をRDCに戻しますが。

何か争い事が生じて、ある程度終結が見えたらば、

国内統治を優先していくことは割りとどの国でもセオリーなはず。

 

今回の紛争は何が違うのかというと、このRDC内の鉱物を狙う国が死ぬほど存在しているということです。

日本も例外じゃないですよ。

中国なんかはこの紛争が激化する前に鉱山の購入をしています。

(今は閉鎖しているか、一途停止状態だったはず)

 

つまり、RDC国に安定してもらうと困る輩も存在している(外部からの干渉がある)のでは?諸外国への対応でいっぱいいっぱいで国が貧困状態のままにも関わらず国内に目を向けられていない(外国ファーストのような)状態になっているのではないか?というのがwikiを始めいろいろ調べた私の結論です。

 

 

今まで第一次コンゴ紛争・第二次コンゴ紛争とありますが、紛争終結後(よしこれで安定しそうだな)ってところまでいってもなかなか軌道には乗らない。常になにかしらのいざこざ生じているのは少々不自然な気もしたり。

(これはちょっと陰謀論すぎるかもしれませんけど)

 

 

国連のMONUSKOは何もできないの?と思われるかもしれませんが、MONUSKOはあくまで平和維持のための組織であり、治安維持のために軍を動かすことはできません。ここまで主権国家が不安定になると、国連は正直役に立たない、という言い方は乱暴かもしれませんが…。

 

ロシア・ウクライナ問題にもこれは通づるかもしれませんが、国連を通した「共同体としての世界」の歪がここに来て現れてしまっているのかもしれません。

 

また最悪なことはRDCではコバルトという、今後EVの要になるのではないか言われている鉱物が、確か全世界の70%分採掘されています。

 

このままでは利権の競争は激化する。

一方で、民間人の暴行を棚上げにしたままでいいのか私は甚だ疑問です。

 

スマホや家電に罪はありませんが、

それを取り巻く人道問題は無視できないものと思います。

 

 

この問題に対して私達ができること。

 

それは「知ること」だとムグウェゲ医師のドキュメンタリーに関し、インスタ内で常盤貴子さんがおっしゃいましたが、私も同意見です。

 

今回のことでなにが一番ショックだったかというと、何も知らずに便利や幸せを享受してきた自分自身です。

 

RDCの性暴力問題が更に大きな広がりをみせているのも、アメリカで起きたBLM運動がきっかけだとか。

この煽りを受けて、ベルギー国王が当時の植民地支配について謝罪の書簡を送っているそうです。

(書簡送ったところでなあ…と思う部外者)

 

 

 

 

性暴力なんて最低最悪の行為今すぐにでもなくしてほしい。

 

そんなのRDCに関わらず、他の紛争地域だって同じようなもんでしょ?といった意見もあると思います。

 

 

ですが、この武装勢力に加担しているのは紛れもなく私達なのです。

ここがどうしても自分の中だけで消化できなかった。

 

そして、BLMの余波(かもしれない)とは言え、日本でもメディアに取り上げられるようになってきました。

図らずともこうなってしまったからには行く末は見守るべきかなと、私は感じた次第です。

(知った上で感じることは人それぞれだと思います)

 

追記:

見守るという曖昧な言い方をしましたが、この問題は第二次世界大戦以来の泥沼化であることを踏まえて、政治局面を注視することです。

武力のぶつかり合いにならないようにするのが政治の役目といえますが、資本主義における政治家任せでは、ほとんど事態は動かないと思います。

グローバルな視点で見れば、リーダーはアメリカで日本は追従していくのが関の山。

たとえ国連の常任理事国に選ばれたところで同じことなわけで。

 

私たちは国内だけでなく、国外も情報網を張っていかねばいつ取り残されるのかわからない。政治家にまるっと投げて、自分の周りだけが平和でぬくぬくしてるのは、もう時代遅れに感じるというか。

 

うーん、うまく伝えられた感じがしないけど、これを簡単に纏めるならば、足並みを揃えたいってことなんですよ。人道問題に於いては特に「世界単位」を意識しないといけない。

余計ややこしいですかね・・・。

 

 

 

 

 

では、ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

👇こちらの2つの記事を読んで頂くと更に詳しい上にわかりやすいです。

mukwege-movie.arc-films.co.jp

 

toyokeizai.net